20年かけて書きあげた原稿を捨てられても・・・
仏教を誰よりも知るからこそ
日本の仏教学者と聞いて、まず思いつきのが中村元博士ですよね。
- 東京大学名誉教授
- 日本学士院会員
- 勲一等瑞宝章
- 文化勲章
- 紫綬褒章受章
と目もくらむほどの名誉と名声を得ても、仏教を信奉する人らしく「謙虚さ」を失わなかった稀有な人です。
そんな中村博士のお話をご紹介します。
20年かけて書きあげた原稿が・・・
1967年、中村博士は『仏教語大辞典』という全3巻からなる本を書き上げました。
その原稿は3万枚にも及んだそうです。
もちろんサクッとそんな膨大な本を書くことはできず、トータル20年を執筆に費やした渾身の作品。
完成させたときの満足感たるや、想像ができませんね。
この原稿を出版社に渡し、あとは刊行を待つばかり。
その時、事件は起こりました。
原稿を受け取った担当者はちょうどそのとき引っ越しの最中でした。
引っ越しの作業の際、あやまって中村博士の原稿をゴミに出してしまったのです。
当時はパソコンなどなく、原稿はすべて紙。
バックアップなどもなく、為す術なし。
その過ちに気づいた担当者は顔面蒼白。
しかし、今さらどうしようもなく、中村博士にこの事実を謝りに向かいました。
中村博士の神対応
20年かけてかきあげた原稿を捨てられたら、あなたはどうしますか?
ほとんどの人が怒りに我を忘れるのではないでしょうか?
担当者も中村博士から烈火のごとく怒られることを覚悟していました。
しかし、中村博士は怒ることはなく
「怒っても(原稿は)出てこないでしょう」
と言って、担当者を励ましました。
とは言っても、中村博士も人の子。
しばらくはその事実に呆然としてしまったそうです。
妻からの一言
原稿が捨てられたショックに落ち込む夫を見て、中村元の奥さんは、
「もう一度やり直したら?」
と声をかけました。
この一言には、中村博士のモチベーションを生み出す力がありました。
中村博士はもう一度『仏教語大辞典』を執筆する決意を固めたのです。
二度目の完成
それから8年をかけて『仏教語大辞典』は二度目の完成を迎えました。
『仏教語大辞典』は現代に至るまで仏教を志す人たちを大いに助ける書物です。
この出来事は広く知れ渡っており、ある人が中村博士にこんな言葉をかけました。
「この度は、大変な目に遭いましたね。」
それを受けて、中村博士は、
「いいえ、やり直したおかげでずっと良いものができました。」
誰よりも仏教を知る人は、仏教の体現者でもあったのです。