明石家さんまの「生きてるだけで丸もうけ」とJAL123便の逸話は本当?
はじめに
1985年8月12日、日本航空123便が群馬県の御巣鷹の尾根に墜落し、乗員乗客524人のうち520人が亡くなりました。この記事は、犠牲になられた方々とご遺族への哀悼の気持ちを込めて、明石家さんまさんにまつわる逸話を、事実と俗説に分けて整理するものです。
よく語られる「1本早い便」の話
さんまさんはこの事故の際、123便に搭乗する予定だったものの、難を逃れた芸能人の一人としてよく紹介されます。広く流布している話は、こうです。
「『オレたちひょうきん族』の収録が予定より早く終わったため、123便の予約をキャンセルして、1本早い全日空便で大阪に向かった」
検証で示されている経緯
ところが、後年の検証では、この話は実際の経緯と異なるとされています。資料によると、実際の経緯は次のとおりです。
- さんまさんは以前、ラジオ番組『MBSヤングタウン月曜日』に出演するため、東京と大阪の間の移動にたびたび123便を利用していた。
- 事故の約1か月前(1985年7月)、主演ドラマ『さんまの駐在さん』の収録日が火曜日から月曜日に変更になった。
- その結果、移動日が日曜日になり、事故前日に別の便で大阪入りしていたため、123便に乗る必要がなくなっていた。
事故当日のラジオ生放送で、さんまさんは大きな衝撃を受けながらニュースを伝えたとされ、以降は東京・大阪間の移動に東海道新幹線を主に利用するようになったといいます。
「生きてるだけで丸もうけ」との関係は?
「生きてるだけで丸もうけ」は、さんまさんの座右の銘として広く知られています。この言葉を、過去に経験した出来事と結びつけて紹介する報道もあり、東スポWEBも、日航機事故を逃れた経験などに由来すると伝えています。
一方で、本人はこの言葉について、雑誌のインタビューで次のように語っています。
「僕はその時々でハングリーさが出る位置に気持ちを置こうとしてますから、その究極が『生きてるだけで丸もうけ』という言葉に繋がると思う」
今回確認できた資料の範囲では、本人がこの言葉の由来を「日航機事故」と直接語った発言までは確認できませんでした。由来については諸説あるため、「事故がきっかけで生まれた」と断定するのは避けた方がよいでしょう。
「生きてるだけで丸もうけ」
それでも、どんな逆境でも生きていればそれだけでいい、つらい時でも笑っていよう――そんな前向きな姿勢が、この言葉に込められていることは間違いありません。




