アインシュタインがイスラエル大統領への就任要請を断った理由|1952年の逸話

「最も偉大なユダヤ人」に白羽の矢

1952年、イスラエルの初代大統領ハイム・ワイツマンが亡くなりました。その直後、イスラエルの夕刊紙の編集者が、署名入りの社説で後継者に推したのが、アインシュタインでした。「現存する最も偉大なユダヤ人」としてです。
この案に、首相のベン=グリオンも乗り気でした。首相は閣僚や党に相談する前に、駐米大使のアバ・エバンに電報を打ち、アインシュタインの意向を探らせます。当時、アインシュタインは73歳。アメリカのプリンストンで暮らしていました。

返ってきた答えは「ノー」

イスラエル大使館が当時発表した声明によると、経緯は次のとおりです。

  • 11月16日:エバン大使が首相の指示で、「国会で選出されたら大統領を引き受けるか」と打診した。アインシュタインは深い名誉に心を動かされつつも、断らざるを得ないと答えた。
  • 11月17日:エバン大使は、もう一度考えてほしいという手紙を送った。
  • 11月18日:アインシュタインから、大使館に文書での返事が届いた。やはり、受けることはできないという内容だった。

辞退の言葉

アインシュタインが書いた返事には、次のような言葉がありました(筆者訳)。

「私は生涯、物の世界を相手にしてきました。そのため、人間を扱い、公的な職務を果たすための生まれつきの能力も、経験も持ち合わせていません。高齢のため体力が衰えつつあることを別にしても、この大きな任務の要求に応えられるとは思えないのです。」

「人間を扱う生まれつきの能力も経験もない」

さらに、この辞退は自分にとってとても悲しいことだとも書いています。ユダヤ人との関係は、自分にとって最も強い人間的な絆だからです。そして、「その人生の仕事と人柄によって、この困難で責任ある任務を担う勇気をもつ人が見つかるよう、心から願っています」と結んでいます。

この逸話から見えるもの

世界的な名声があり、国の元首という最高の名誉を提示されても、自分に向いているかどうかを冷静に判断して断ったのです。物理学者として、物事を相手にしてきた自分の限界をわきまえていたのでしょう。
名誉や肩書きに流されず、自分の役割を見極めることの大切さを教えてくれる逸話です。

参考

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